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過去の記憶

まだ幼稚園にも通っていなかったと思われるので 2-3歳の頃だろうか。

前回と似たような光景だが、勤めを終えた母親が老夫婦の家に迎えに来たので自転車の荷台の子供用イスに座って帰り道を走っていた。

異なる点は、それが冬ではなく春か夏、道路脇の雑草の緑が濃い季節。

周りはまだ明るく風景がはっきりと記憶に残っているので日の長い夏のわりと早い時間だったのかも知れない。

前から車が来た訳ではない。

猫や犬が急に飛び出してきた訳ではない。

なぜだかハンドルを握る母親の手がガクガクと揺れだし、蛇行を始めたかと思ったら自転車は右へ右へと進んで道路から少し低くなっている草むらに向かう。

もう道路はなくなり、自転車が右に大きく傾いて倒れ始めた。

不思議なことに、ここから先は超スローモーションの映像として脳に刻まれている。

バランスを崩して倒れかけた自転車。

母親は左にハンドルを切って何か叫んでいる横顔が見える。

自分の左足が高々と上がり、その先には青空が重なって見える。

右に眼をやると道路より低くなっているところに生える雑草が徐々に大きくなって迫ってくる。

子どもをかばおうとしたのだろう、体を抑えようと母親の右手が後ろに伸びて右腕を強くつかむ。

地面に叩きつけられるという恐怖と、握られた腕の痛さが同時にやってきて気絶しそうになる。

ここからは通常の速度の映像に戻り、ガサガサ、ゴロゴロと雑草の中を転がる自分と母親。

大量の草がクッションになったのか、思いのほか衝撃もなく、フワフワした感じで着地した。

そしてヨロヨロと立ち上がり、少し気が落ち着くとズキズキとした痛みが。

それは、どこかを強打した痛みでもなく、草などでどこかを切った痛みでもなく、母親が力任せに握った右腕の痛みだった。

ワンワンと泣く自分に駆け寄り、母親は
「どうしたの?どこか怪我したの?どこが痛いの?」
と矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。

正直に握られた腕が痛いと言うと、母親はムッとして
「お母さんが助けたから怪我もしなかったんだからね」
とか
「男の子なんだったら少しくらい我慢しなさい」
などと言いながらズンズンと斜面を登って自転車にまたがった。

心の中で
「こんなにやわらかいなら何もしなくても怪我なんかしない」
などとブツブツ文句を言いつつも、そんなことを口に出そうものならゲンコツが飛んでくるのは火を見るより明らかだったので黙ったまま自転車の後ろに乗った。

それから長い間、父親や叔母、近所の人達に話をするたびに
「私が守ったから」
的な発言を繰り返していた母親のそばで
「違うって」
と心の中でささやかに突っ込んでいたりする日々が続いたのであった。

記憶