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想い出の居酒屋 其の参想い出の居酒屋 其の参

想い出の居酒屋 おしながき

想い出の居酒屋シリーズも其の壱其の弐を経て今回で第三弾になった。その店には語り尽くせないほどの想い出が詰まっているのである。其の弐でも触れたが、酒の席で仕事の話はご法度としていた。酒は楽しく飲むものであって、仕事の話などすると 「酒がまずくなる」 というのが第一の理由だ。

  どうしても仕事の話をしなければならない場合、飲み代は経費で落とすか、上司が全額負担すべきである。酒の席で部下を説教し、飲み代は割り勘などというのは ”もってのほか” だと思う。部下にしてみたらマズイ酒を飲み、金を払ってまで説教など聞きたくないはずだ。

  そして第二の理由は酒の席で仕事の話などしても 「どうせ次の日になったら覚えていない」 と思われるからだ。重要な話であれば尚のことシラフで話をするべきである。普段は気が小さいくせに酔った勢いで部下に説教しても、部下は心の中で 「ふんっ!」 と思っているだろうし、酔った勢いで気が大きくなり、「職場の雰囲気や仕事の仕組みを変える!」 などと上司が宣言したところでシラフになると何もできないに決まっている。第一、その席で話したことなど次の日には半分以上は忘れていることだろう。

  以前から何度も書いているように、その店には本当に世話になった。金のない若いサラリーマンの憩いの場所だったのである。仕事の都合で二週間ほど店に行けないと、心配して電話をかけてくる。ある日など 「上等なカニが入ったんだ」 と誘いの電話があった。喜び勇んで店に顔を出すと、出てきた料理は沢蟹の唐揚だった。

  「あのな〜!カニっていうのは毛蟹とかタラバとか松葉とか・・・」 と文句を言うと 「カニには違いないんだから文句言わずに食え!」 などとぬかす。そんなことにも大笑いしたり、文句を言ったりしながら結局はバリバリと音を立てながら味を楽しんでいた。

  ある年には忘年会(会社とは別)で、超低予算にも関わらず 「いつも来てくれるお礼」 だと言って豪華な料理を用意してくれたことがある。店に行くとすっかり準備は整っており、テーブルには店のメニューにはない料理が山のように並べられている。「お〜すごい!」 と一同驚き、我を忘れて貪り食っていると空いた器が片付けられ、次から次へと新しい料理が運ばれてくる。

  「なんと素晴らしい店か」 と店長や従業員を誉め称え、腹がはちきれんばかりに食べて飲んだ。旺盛な食欲を満たし一息ついたところでテーブルを見渡すと ”お造り” の大皿に何かを模ったワサビがある。「これ何?」 と従業員に聞くと 「店長が張り切って造ったんだよ」 と言う。「これは何ぞや」 とみんなで相談したが、なんだかよく分からない。

  どうやら ”鳥” らしいのだが、ずんぐりした東京銘菓 『ひよこ』 まんじゅうのようにも見える。少し立てて見るとペンギンにそっくりだったので 「それに違いない」 という結論に達し、爪楊枝を刺して足をつくり、皿の上に立たせておいた。そこにニコニコと店長が登場。皿の上に立っているワサビを見て 「なんだそりゃ?」 と言うので 「ペンギンはやっぱり立ってなくちゃ」 と答えると、急に不機嫌な顔をして 「それはウグイスだ!」 と怒り出した。

  そこでまた大爆笑となり、「何で年末にウグイスなんだ〜!」 「春告鳥とも呼ばれるくらいだから今は時期じゃないよ」 と口々に罵っていると 「うるさい!」 と言ってどこかに行ってしまった。かなり可笑しかったが、せっかく我々のために造ってくれたのだから少し申し訳ない気分になり、”足” をはずして皿の上に置いておいたが、話の途中でそれが目に入るたびに笑いが込み上げてきたのだった。

  あの頃、どんなに悲しいことや面白くないことがあっても、その店に行ってお腹が痛くなったり涙が出るほど笑っていた。時間がゆっくりと流れ、その時代がいつまでも続くようにも感じていた。しかし、ある日のこと、店長と従業員の一人が店を辞めて独立することになった。そして、その後は店に行くことはなくなってしまった。ここから先の想い出の居酒屋は新しく開いた店に舞台が移っていくことになる。

想い出の居酒屋

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