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雑感何となく感じたこと雑感何となく感じたこと

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2005年 3月

食事情 三皿目 食事情 三皿目

  日本人は変化を好まないと言われる。 バブル崩壊以降、会社も変わるべきとは分かっていても、なかなか変わることができないし、賃金制度も年功型から成果報酬型へ変わることへの抵抗も強く、官僚体質からの脱却もなかなか進まない。 しかし、明治維新の前と後、第二次世界大戦の前と後では価値観から文化まで大きく変化し、日本人はそれに順応してきた。

  変化への抵抗が激しい割には、順応するのも早いという誠に不思議な人種である。 クリスマスやバレンタインデーという西洋文化、あげくの果てにはハロウィンというケルト人の宗教行事まで取り込みつつある。 日本髪と着物で登場した花嫁が途中でウェディングドレスに変わる、言わば多国籍な民族衣装で披露宴をするなど日本くらいのものだろう。

  各国の食文化も日本では定着しやすいようだ。 フランス、イタリア、インド、中国、韓国と、日本ではどんな料理でも食べられるし、専門料理店に行かなくても家庭にまで入り込んでいる。 以前の職場で一緒だったアメリカ人の P は、ラーメンとカレーは日本食だと思っていたくらいだ。 P も順応性が高く、日本文化にすっかり慣れていて、漬物や梅干、納豆も平気で口にする。

  宴会で鍋が出ても進んでアク取りをする変な外国人で何でも食べる P に日本食で嫌いなものを尋ねると 「コノワタ」 という答えが返ってきた。 海鼠腸(このわた)とは、読んで字のごとく海鼠 (なまこ) の腸 (ちょう) の塩辛だが、そんなものは日本人でも食べる人は少ないし、日本人のすべてが海鼠腸を知っている訳でもない。 それを平然と言ってのける本当に変な外国人なのである。

  自分も好き嫌いはないが、過去の雑感に何度か書いたように牡蠣 (カキ) はアレルギーで体が痒くなるので食べられなかった。 それが、ある日突然にアレルギー反応がなくなり、今では美味しく食べている。 好きなものが食べられないというのは少々辛いものであった。

  同級生だったヤスアキはエビが食べられない。 本当は好物なのだが、食べるとジンマシンが出るのだそうだ。 中学生の頃、牡蠣のアレルギーだとも気づかず、(なんだか体が痒いな〜) くらいにしか思っていなかった自分は、ジンマシンがどのようなものか見たくてたまらず、給食で出されるエビ使った料理を何とかしてヤスアキに食べさせようと必死になっていた。

  「これはエビが入っていないから食べろ」 とか 「エビに見えるけど、これはカニだ」 などと言って食べさせようとしても 「やだ!」 と言って口にしようとしない。 最後には 「お願いだから食べてください」 と心を込めてお願いしてみたが、とうとう口にしてもらえなかった。 その後すぐに牡蠣アレルギーがひどくなり、人に見せてもらわなくても赤いブツブツを自分の体に見ることができたのだが・・・。

  大阪に来て驚いたのは、やはりお好み焼き定食だった。 主食をおかずに主食を食べるなどという感覚が理解できない。 焼きそばでご飯を食べる習慣もなかったので最初は驚いたが、一度食べてみたところ、それほど変な取り合わせでもないことが分かり、それ程は抵抗がなくなったのだが、今でも焼きそばと米をあえて並べることはない。

  そのうちにお好み焼きで米を食べてみようと思ってはいるが、卵を断っていることもあり、それがいつのことになるかは今をもって未定のままである。

2005 / 03 / 26 (土) ¦ 固定リンク

食事情 二皿目 食事情 二皿目

  若い頃は肉類や揚げ物系が好物だったが、そんな若さでも容易には挑めない食べ物があった。 以前に努めていた会社の近くにあった蕎麦屋さんで出している天丼がそれである。 何が凄いといって、とにかく油ギッシュであり、丼が光り輝いている。 OL さんなどは食べ終わった丼に顔を映して化粧を直すとまで言われていた、食後には胸焼け必至の恐るべき天丼なのである。

  その店の昼は会社員で一杯になるので、あまりにも忙しく、天ぷらの油を切るヒマもなく丼に載せているのでギトギトしているのだろうと好意的に解釈していたことと、丼つゆが美味しく天ぷらの品数も多かったので、一定の間隔を置いて食べたくなってくる不思議な代物だった。

  後輩の K太にその話を聞かせ、天丼を食べさせてみたところ、「美味しいじゃないですか」 と言う。 それならば、「(平日の) 5日間、毎日食べ続けたら賞品として天丼をもう一杯おごってやる」 ということになった。 2日目までは元気に食べていたのだが、3日目にはテーブルに置かれた天丼を見てため息をつきはじめた。 そして、4日目には 「参りました」 と 5日連続食いを断念してしまったのである。

  それほど油っこく、「最後には油の中に米が浮いていた」 だの 「食後に喫煙しようとしたら丼を持った手に引火した」 だの散々な言われ方をしていた天丼だが、妙に懐かしく、もう一度くらいは食べてみたくなってくるが、この年齢になって口にすると命に関わるかもしれない。

  その会社が自社ビルを建設したので移転し、社員食堂まで完備するようになった。 コンピュータ業界は仕事時間が不規則なのに加え、出勤、退社時間が自由なフレックスタイム制だったことから、社員食堂は朝早くから夜遅くまでやっていたので便利なことは便利だったのだが、メニューは不評だった。

  週末になると翌週のメニューが配布され、毎日の昼と夜、二種類の定食が用意されている中から好きな方を選択し、一週間分まとめてオーダーしておくのだが、週末には 100%に近い確立でカレー系のメニューになっている。 それも A定食を選択しても B定食を選択してもカレー系、さらには夜もカレー系となっており、週末の社員はカレーから逃れることができない。

  社外で食事をしようにも ”辺境” と呼ばれるほど街の中心から離れた場所にあったので外に食事ができるところなどないのである。 当然のことながら社員からは不満の声があがり、社員食堂の責任者に改善要求を付きつけるという事態にまで発展したが、かなり以前の雑感に書いたとおり、厨房で働いた経験を持つ自分には少なからず事情が理解できるので、強く言うことができなかった。

  カレーは食堂を運営するのに必要不可欠なものなのである。 いつも決まった人数分を作っていれば良いのであれば問題はないのだが、実際にはそうはいかない。 オーダーしていなかった人が急な残業で晩御飯を食べる場合だってあるし、社外の人が訪問してきたときに昼食を摂ることだってある。 ただでさえ忙しい食事時に、温めるだけで出すことのできるカレーは大きな武器となる。

  お客さんの側も長い時間待たされるより、「すぐにできますよ」 言えばカレーで我慢してくれる。 したがって、カレーを常備しておくことになるのだが、毎日かかさず火を通すとはいえ、作り置きは一週間が限度である。 そうなると廃棄するのは無駄なので、カレーうどんやらカレーコロッケなど、なんとかして消化しようと努めることになるのである。

  一般の人は事情を知らなかったり理解しなかったりするので、それが大きな不満となる訳だ。 自分が働いていた部署は一年くらいで移転したので抗争の渦中に身を置かなかったが、社員と食堂責任者の争いは、その後も長く続いたと伝え聞く。 一方は経営のことを考え、一方は楽しみな食に関することだったので、どちらも相譲れなかったのだろう。

  一方、その頃の自分はと言えば、戦場を離れ、平和な気分で出前のラーメンを 「ぞぞぞ〜」 とすすっていたりしたのであった。

2005 / 03 / 19 (土) ¦ 固定リンク

食事情 一皿目 食事情 一皿目

  過去の雑感や 『管理人の独り言』 に何度も書いているように、健康上の理由から現在は肉や卵をなるべく食べないようにしている。 それでもベジタリアンになった訳ではないので、数週間に一度は肉も食べるし、年に数回は卵も食べる。 既製品の中には動物性油脂やらエキスやらが添加されているが、それらには神経質にならずに食べてもいたりする。

  しかし、成分は気にせずとも、食材として肉や卵を使用しないで毎日の献立を考えなければいけない 『お買物日記』 担当者は面倒なことも多いと思われる。 今でこそ健康や栄養を考えたものを食べさせてもらっているが、若い頃、それも一人暮らしのときは何も気にせず、食欲を満たすことだけを目的として、相当にひどい食生活を送る毎日だった。

  貧乏学生だったころは、キャベツ 1玉で一日を過ごしたことが何度もある。 当時は今ほど高いものではなく、100円くらいで買えたと記憶している。 包丁で切るのも面倒なので表面だけを水洗いし、丸ままのキャベツにマヨネーズをつけてバリバリと食べる。 朝食は抜きなのでそれが昼食だ。 半分ほど食べたら腹も一杯になるので残しておき、残りは晩御飯になる。

  朝晩の 2食を納豆だけで一カ月間ほど生活したこともある。 安くて経済的には助かったのだが、さすがに飽きてしまって納豆を見るのも嫌になってしまった。 それからはインスタントラーメン半分と米という生活を続けたが、それも飽きて長くは続かなかった。

  悲惨な食生活を続けていたが、一番助かったのはコンビニエンス・ストアの台頭である。 「24時間あいていて買い物に便利」 という意味で助かったのではない。 そこで数人の悪友がアルバイトをしていたからである。 コンビニの弁当などは製造から一定時間が経過すると廃棄されてしまう。 それも二日も三日も経過しているのではなく、5-8時間しか経っていない。

  その廃棄 (正確には返品) される弁当類は経営者のご好意により、アルバイト達が食べてもかまわないのである。 それに便乗し、そこで働いてもいないのに一緒になって食べるという生活を長いこと続けていた。 最初は遠慮がちに食べていたものの、だんだん欲が出てきて自分の食べたい弁当が売れてしまわないように、あらかじめ確保して休憩室に置いておいたりしていた。

  学食は安かったが味も質もイマイチで、カレーなどは火を通しすぎて具がドロドロに溶けてしまっていた。 ある学生がカレーを食べているとルーの中から何かが出てきたので厨房の人に 「変なものが入っている!」 と文句を言ったところ、「それは肉というものだ」 と叱られたという逸話が残っているくらいだった。 コロッケも同様でイモばかりの中に、肉の断片を発見しようものなら大騒ぎになったという。

  そんな学食で食べるよりもコンビニ弁当の方がはるかに美味しかったので、毎日のように通っては好きな弁当を ”タダ” で食べていたのである。 しかし、当時のコンビニ弁当は天ぷらだのフライだのと油系のものが多かった。 そして必ずと言っていいほど卵焼が入り、肉も入っている。 さらに当時は肉系の弁当を好んで食べていたので当然のことながら栄養はかたよってしまう。

  当時の悲惨な食生活が影響し、かたよった栄養が体内に徐々に蓄積されたのだから体調が悪くなって当然と言えば当然なのかもしれない。 今は肉、卵、油抜き生活を続けられているが、これが若くて自炊していた頃だったら続かなかったことだろう。 したがって、食事の用意をしてくれ、肉や卵を食べないことに付き合ってくれている 『お買物日記』 担当者に感謝せねばなるまい。

  以前ほど肉や卵、揚げ物系を食べたいと思わなくなったので、この生活も辛くはないが、体の脂肪も減ったので冬の寒さがこたえるようになってしまったのが、唯一辛い点である。

2005 / 03 / 12 (土) ¦ 固定リンク

身体の変化 身体の変化

  今年 1月の雑感に在宅勤務になってから鼻毛の成長が遅くなったことを書いたが、変化はそれだけではなかった。 『管理人の独り言』 にお買物日記担当者も書いているように、爪が伸びるのも遅くなったのである。 そこに書かれているように 『苦爪楽髪(くづめらくがみ)』 という言葉があり、それは苦労をすると爪の伸びが早くなり、楽をすると髪の伸びが早くなるという意味だ。

  昨夜の 『独り言』 にも書いたが、髪が伸びて邪魔になってきており、伸びるのが早くなったような気がしている。 爪の伸びが遅くなり、髪の伸びが早くなったことを総合的に考慮して判断すると、『苦爪楽髪』 という言葉が示すとおりにメチャメチャ楽をしているということになるのかもしれない。

  確かに通勤で嫌いな人込みの中を歩かなくて済むようになった。 風邪をひこうが、お腹の調子が悪かろうが、決った時間に家を出なければならないというプレッシャーからも開放された。 精神的に楽になったのは確実に言えることである。 そこだけを考えると 『苦爪楽髪』 とは言い得て妙なのかもしれないが、在宅勤務には多少の苦労も伴う。

  仕事とプライベートを分けるのも、家に居ながら仕事時間を守り、一定量の作業を一定期間内にこなすのも、自己管理を徹底しなければならないので、違った意味のプレッシャーがある。 結果的に、それほど楽をしているつもりはないのだが、爪の伸びは明らかに遅くなった。

  『苦爪楽髪』 とは正反対に、『苦髪楽爪(くがみらくづめ)』 という言葉もある。 文字通り、苦労すると髪が伸び、楽をすると爪が伸びるという事だが、今の状況を考えると、こちらの方が正しいと思いたい。 楽をしていると言うよりも、「いやぁ〜苦労しているものだから髪が伸びるのが早くて、爪が伸びるのが遅くて」 と言いたいではないか。

  真実がどちらなのか分からないが、一般的には苦労すると髪に影響が出やすいように思う。 悩み事があったり苦労したりすると髪がバサバサになったり円形脱毛症になってしまうことがあるし、精神に強い負荷がかかると一夜にして髪が真っ白になることもあると聞く。 頭髪が寂しくなってきた人は 「苦労が多くて・・・」 と自嘲気味に言うのも一般的だ。

  そう考えると 『苦爪楽髪』 の方が正しいような気がするのだが、調べてみると髪と爪、どちらでも伸びが早いという人に対して 「楽をしているからだ!」 と戒めるために使うので 『楽髪』 と 『楽爪』 の双方があり、苦労が多くて忙しい暮らしをしていると、髪を整えたり爪を切ったりする余裕さえないのでどちらも伸び放題になってしまうという自己弁護的要素で 『苦髪』 と 『苦爪』 双方の言い方があるらしい。

  つまり、都合の良いときに都合の良い方を使えばよろしいという、まことに日本的で適当な言葉であるわけだ。 人から 「楽をしているからだ!」 と言われても 「い〜や違う!苦労しているからだ!」 と言い張っておけば良いわけである。

  ・・・ ということで、前置きがとてつもなく長くなってしまったが、最近は在宅勤務になって苦労が多いものだから、髪が伸びるのが早く、爪が伸びるのが遅くなってしまった。

2005 / 03 / 05 (土) ¦ 固定リンク

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