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2004年 5月

オリンピック・イヤー オリンピック・イヤー

  今年はオリンピックが開催される年である。 毎度のことではあるが、オリンピック開催の年は景気が良い。 実感を持てる人は限られているだろうが、今年も例にならって景気が上向いているらしい。 しかし、これは景気の自力回復ではなく、中国の成長に頼っている部分が多い。

  ドカドカとビルやマンション、工場などを建設しているし、道路を拡張し、その道路を走る車をドカドカと生産しているから鉄鋼関連の日本からの輸出が増大し、それを運ぶ海運事業の仕事も増える。 中国で 2008年に開催されるオリンピック、2010年の万国博覧会まで成長は続くと予想されているが、その間に中国国内で鉄鋼関連の工場が稼動し、内需をまかなえるようになるので、世界的にみると鉄が供給過剰になり、価格が暴落することだろう。

  人件費の安い中国で生産された鉄が海外に輸出されだすと、日本はおろかアメリカの鉄鋼メーカーは大打撃を被るに違いない。 日本の鉄鋼メーカーは、生き残りをかけて経営統合や合併を繰り返していたが、中国特需に湧き返って業界再編の必要性を感じなくなっている経営者も多いらしい。 必ず失速するであろう輸出と、2010年以降の中国経済を考えると、体力のある今のうちに対策を考えておいた方が良いと思うのだが、調子に乗りやすい日本人には無理なのかもしれない。

  日本国内に目を転じてみると、『新・三種の神器』 と呼ばれるデジタル家電特需に湧いている。 数年前からデジタルカメラ、DVD プレーヤーの需要が増大し、オリンピックとデジタル放送開始の影響で液晶やプラズマの薄型テレビが売れている。 しかし、これとて長続きする訳ではあるまい。 デジカメも DVD も価格の下落が激しく、それほどメーカーの収益に貢献しているとは思えない。

  状況として楽観できないのは液晶分野である。 今は生産しても需要に追いつかないくらいに売れているが、国内最大手のシャープが巨大な工場を完成させ、今までの二倍の生産能力になった。 そして、ここでも登場するのが中国である。 日本、韓国などのメーカーが液晶の工場を中国に建設中で、これらすべてが稼動を開始すると、一瞬にして供給過剰状態になってしまう。

  そうなると乱売が始まり、液晶の価格が暴落することだろう。 値段が安くなるのは我々消費者にとってはありがたいことだが、メーカーの収益が悪化するのでデジタル・バブルが弾けてしまうかもしれない。 2010年ごろを目処に、日本ではアナログ放送が打ち切られ、デジタル放送だけになる予定なので、それまでは薄型テレビが売れ続けることだろう。 中国でもイベントが目白押で成長が続く 2010年までは薄型テレビなどデジタル製品が売れるだろう。

  いずれの場合も 2010年が鍵である。 その年までに日本でのテレビの買い替え需要は終わりを告げる。 その年を境に中国の成長が鈍化し、鉄やデジタル家電が売れなくなったら・・・。 中国の成長鈍化は世界経済に影響を与えるであろうから、各国で輸出産業の業績が悪化したら・・・。 そして、前述のように鉄や液晶が供給過剰になったら・・・。 それから先は考えるのも恐ろしい。

  アホな改正案が参議院を通過すると、年金の支払額が増大し、受給額が減少する。 そのタイミングと経済不安が重なった場合、『失われた十年』 と形容される 90年代の不景気より悪性のデフレによる不景気に突入するかもしれない。 そのためにも新しい産業を育てなければならないと、経済学者などが口をそろえて言うのだが、いまの日本政府に期待するのは無理だろう。

  民間は民間で、個人は個人で努力して、2010年以降を乗り切るしかなさそうである。 そのためにも、少しでも景気が良く、体力があるうちに対策をしておかねばならない。 分かっていても、我家の場合は体力があるわけでもなく、具体的な対策案を持っている訳ではないのであるが・・・。

2004 / 05 / 29 (土) ¦ 固定リンク

関心事 関心事

  世の中の関心は、今夜帰国する小泉首相の動向に集中している。 テレビも朝から拉致被害者の家族が首相と一緒に帰国できるのかに注目しており、現地での様子が逐一伝わってくる。 この雑感をアップロードするのは 23:00 頃を予定しているが、それまでには事実が明らかになっていることだろう。

  現時点 (14:00現在) では会談が終了し、夕方の記者会見を待っているところだが、各マスコミの報道を見ると、あたかも家族が一緒に帰国することが確実なように内容を伝えている。 確かに可能性は高いのだろうが、それが 100%保証されている訳ではない。 拉致被害者の 5人は、期待しながらも 「進展があれば」 という控え目なコメントに終始している。

  家族が一緒に帰国することを一番に望んでいるのは、我々第三者でもなければマスコミではなく、当の被害者の方々だろう。 当人達が感情を押し殺し、努めて冷静に行動し、発言しているにも関わらず、マスコミは家族が帰国した場合の対処など、浮き足立った報道が目立つ。 ここは静かに、そして深く、家族が一緒に帰国できることを願うべきではないだろうか。

  浮かれた報道ばかりしていて、万が一にも帰国が実現しなかった場合、どうするつもりなのだろう。 残されている家族は、先に帰国した 5人とは違う。 5人は日本人であり、拉致された事実を知り、記憶しているから日本に帰ることは当然だろうが、現地で生まれ育った子供達は、自分が ”被害者” の家族である事実さえ知るすべがない。 生まれてから反日教育も徹底されているかもしれない。

  親が自分達のもとに帰ってこないのは、日本に ”拉致された” と教えられているかもしれない。 北の政府が 「日本に連れて帰って良し」 と言ったとしても、本人たちが 「日本になんか行きたくない」 と主張したらどうなるだろう。 それは余計な心配のしすぎかもしれないし、もちろん家族の方々が一緒に帰国できることを望んでいるのだが、必要以上に期待をあおる報道を見ていると、つい不安になってしまう。

  この件に関しては、全国民が注目していると思いたいところだが、実際には無関心な人もいることだろう。 世間が大騒ぎになっていることすら知らない人もいるに違いない。 この雑感にも何度か書いたが、以前は TV ゲームを制作している会社に勤めていた。 その業界のことは、マスターアップ (締切) 間近になると徹夜の連続で、家にも帰らず風呂にも入らず・・・というイメージを持っている人が多いようだが、事実は ”その通り” だった。

  一カ月以上も家に帰らず、会社に寝泊りしていた社員が、ソ連 (現モスクワ) で発生したチェルノブイリ原発事故を知らずにいたこともあった。 偏西風にのって放射線が日本に到達したらどうしようなどと、多くの人が心配し、メディアでも大きく扱われていたのにである。 本人は缶詰状態で仕事をしていたので新聞を読むことも、テレビを見ることもできなかったのは事実だが、あまりにも見事な 『浦島太郎状態』 に驚いたり笑ったりしたものである。

  中には遊び呆けていて重大な事実を知らなかった奴もいる。 友人の何人かが車で遠出し、帰ってきてからもマージャンをしたりして遊び、夜になって酒を飲みに出かけたところ、多くの店が臨時休業しており、街のネオンも消えているという。 その知り合いから 「いったい何があったのだ」 と切羽詰った声で電話がかかってきたので、半ば呆れながら教えてやった。「(昭和) 天皇が亡くなったんだよ」。 知り合いは、しばし絶句したのちに言った。「せっかく飲みに来たのに・・・」。

  彼にとっては 『天皇崩御』 の事実よりも、行きつけの店が休みだったことがショックだったらしい。

  人それぞれに関心の大きさは違うだろうが、前半に書いたようなことが余計な心配に終わり、この文章をアップするころには拉致被害者とその家族の方々が、手に手をとり合って喜ぶ姿をテレビを通して見ていることを心から望んでいる。

--- 追記 --- (17時現在)

  『管理人の独り言』 でも触れたように、拉致被害者のご家族の 5人が帰国することになった。 今回の日本政府の対応に関して、様々な批判もあることだろうが、個人的には一定の成果があったと思っている。 お米や医薬品の支援を約束したことに対する批判もあるだろうが、お互いに席を蹴ってしまわない譲歩は必要だったのではないか。

  日本人 (特に政府) は期限を明確にしないのが問題である。 残りの拉致被害者の調査や、拉致疑惑のある人たちの調査を○月○日までに報告してほしいと期限を決め、その期限が守られなかったら支援を中止し、加えて 『経済制裁』 や 『特定船舶入港禁止法案』 を通過させて ”発動” しますと伝えれば良いのではないだろうか。

  ”北” の政府には問題があるが、”北” の国民すべてが悪いわけではない。 人道的支援を必要としている人々がいるのは事実なのだから、お米や医薬品だけではなく、エネルギーでも金でも支援して構わないと思う。 そして、約束が守られなかった場合に、徹底的に国交を断てばよいのではないか。

  ただし、期限を決めた約束をしてこなかったので、今回は通用しない話しではあるが・・・。

2004 / 05 / 22 (土) ¦ 固定リンク

あだ名 あだ名

  あだ名のある人が羨ましい。 実は生まれてこのかた ”まともな” あだ名を得たことがないのである。 ごく短期間、 2日間程度は変なあだ名で呼ばれたことはあるが、呼ばれても無視していたら苗字に戻ってしまった。 あだ名を持つ人は周りから親しまれているような気がするし、芸名のように 2つの名前を持つのは少し羨ましかったりする。

  以前読んだ本に、8月 15日生まれの人が 『お盆』 と 『誕生日』 が一緒ということで、学生時代は 『ぼんじょび』 と呼ばれていたと書いてあった。 誰が考えたのか分からないが、素晴らしいセンスだと思う。 また、梅村八重(うめむらやえ)という人が漢字の読みを変えて 『バイソン80(はちじゅう)』 と呼ばれていたという話もある。 共に素晴らしいネーミングだと感心してしまった。

  学生の頃は同級生にも、あだ名で呼ばれている奴が何人もいた。 九州から転向してきた男子は、何のひねりもなく 『九州』、縮毛の女子は 『すずめ』、ガリガリに痩せた女子は 『やぎ』 などである。 小学生の頃には 『きっちょ』 と呼ばれている男子もいたが、その名の由来は不明であるばかりか、今となっては本名も忘れてしまった。

  知り合いには本名よりもあだ名の方が有名で、会費制のパーティーに出席した際に 「名簿に名前がない」 とまで言われた男がいる。 受付の担当者が本名を知らずに、あだ名で名簿内を検索したのが原因だった。 彼は小学生のときから 30歳を過ぎるまで、ずっと同じあだ名で呼ばれている。 仮に小学校の同窓会があって、当時のあだ名の話になったときに 「今でもそう呼ばれている」 と言ったら、さぞかし驚かれることだろう。

  芸能人に似ているのが理由で、その名前で呼ばれる人もいる。 身近なところでは、仕事関係の知り合いに 『ダチョウ倶楽部』 の 『上島龍平(うえしまりゅうへい)』 に似ている人がおり、彼のこと 『龍ちゃん』 と呼んでいた。 若い頃の知り合いに 『林家こぶ平(はやしやこぶへい)』 に似ているので 『こぶへい』 と呼ばれている奴もいたが、二人ともそう呼ばれるのは嬉しくないようだった。

  自分も芸能人に似ていると言われないことはないが、あだ名にする程のインパクトはない。 以前の雑感に書いたように、若い頃は髪を長くしていたのだが、その頃は 『早見優(はやみゆう)』 に似ていると言われたし、髪を切ってからは子役から今でも俳優をしている 『坂上忍(さかがみしのぶ)』 に似ていると言われたり、HOUND DOG(ハウンド・ドッグ)の 『大友康平(おおともこうへい)』 の斜めから見た顔に似ているなどと言われた。

  近年では、二人の人から 「GLAY(グレイ)に似てますね」 と言われた。 先月の雑感に書いたように、GLAY は好きじゃないので、そう言われても嬉しくないし、GLAY という団体名を出されても、その中の誰に似ているのか分からないのだが、二人が二人とも 「GLAY に似ている」 と言うところをみると、自分はメンバー全員を合わせたような顔をしているのかもしれない。

  長年の友人関係にあるマサルは 『ホンジャマカ』 の太った方の 『石塚(いしづか)』 に似ていると自覚しており、ここ数年の年賀状には石塚氏の写真を使ったものが送られてくる。 お笑い芸人だったり、自分が好きではない芸能人に似ていると言われると気分の良いものではないと思うのだが、マサルはそれを喜ぶ器の大きな奴なのである。

  で、自分はと言えば、嫌なあだ名で呼ばれると無視したり、好きじゃない芸能人に似ていると言われると嫌がったりと器の小さな人間である。 それが故に冒頭に書いた通り、あだ名がない。 今となっては嫌なあだ名でも付けてもらっておけば良かったと、少し後悔したりしているのである。

2004 / 05 / 15 (土) ¦ 固定リンク

魔の T 字路 魔の T 字路

  三菱自動車(当時)の欠陥隠ぺいにより、死亡してしまった主婦は本当にお気の毒である。 リコールを隠したり、欠陥を隠したりと、三菱自動車の体質はどうなっているのだろう。 バブル景気が崩壊してからは、ビジネスの原点回帰が叫ばれ、顧客重視、サポート重視のサービスを追求する会社が多くなる中、三菱自動車だけは顧客の方を向かず、自社の方を向いたままビジネスをしているらしい。

  ご家族の方が会見の席で、「一生かかっても許せない」 と言っておられたが、家族を亡くし、誠意ある対応がなされてこなかったのだから当然のことだと思う。 それと合わせて、欠陥品のトラックを運転した人のことも気になる。 当時の三菱側の説明では 「整備不良による事故」 となっていたが、運転手さんは罪に問われたのだろうか。

  仮に、過失致死などで実刑判決を受けているとしたら、その運転手さんはどうなってしまうのだろう。 刑が確定していた場合でも取り消すことはできるのだろうか。 仮に服役していたとしたら、その期間の損害は誰が埋めてくれるのか。 また、運転手さんが加入していた保険会社から遺族に対してお金が支払われているとしたら、そのお金は誰が弁償するのか。

  リコールには多額の費用を必要とするかもしれない。 欠陥を認めたら、ある程度は信頼を損ねるかもしれない。 しかし、それを隠した結果、リコールするより多額の資金が流出し、信頼を損ねることになってしまった。 顧客重視で、食料品にわずかな異物が混入しても商品回収する時代である。 パッケージに表記のない原材料を使用していた程度でも新聞にお詫び広告を出す時代である。 三菱は時代に取り残されてしまったのかもしれない。

  今回は車の欠陥による事故だったが、道路の構造的問題で事故が多発している場所も全国にある。 道路族議員も私利私欲だけで必要のない道路ばかり造らずに、”欠陥道路” の修正に予算を使えないものだろうか。 行政に間違いがあってはいけないとか、官僚が間違いを認めてはいけないなどという時代錯誤な感覚は捨てて、「ごめんなさい。この道路は欠陥でした」 と工事するなら誰も怒らないだろう。

  以前の雑感でも事故のこと少し触れたが、若い頃に住んでいたアパートの近くに、住人から 『魔の T 字路』 と呼ばれて恐れられている事故が多発する場所があった。 その T 字路にある喫茶店に毎日入り浸っていたので、数十回も事故を目撃した。 その喫茶店と道路を挟んで向かい側に交番があったことはあったのだが、それは最近流行りの言葉でいうところの ”空き交番” だったのである。

  喫茶店内にいると、車のスリップ音と 「ドスン」 という鈍い音が聞こえる。 「またやった!」 と外に出てみると、車は変な方を向いて止まり、近くに人が倒れているというのが、一番多く見るパターンである。 事故を知らせようと向かいの交番を見ると、案の定誰もいない。 喫茶店内にあるのはピンク電話なので 110番通報するためには特殊なカギが必要だ。

  仕方なしに道路を渡って、交番内にある電話を使って 110番するという、まことに間抜けな状態になってしまう。 110番で電話に出るオペレーターは 「その交番に警官はいないんですか?」 などと聞いてくるし、「いない」 と応えると 「どこに行ったんですか?」 と、呆れるような質問をしてくる。「とにかく人が倒れているから救急車の手配をして来てください」 と告げて、憮然として電話を切るという有り様だった。

  これだけ事故が多いのだから、どう考えても道路や信号機の設置に問題があるのだろうと、地域の代表者が警察に掛け合ったが、その地に住んでいた 10年程の間に改善されることはなく、それからも何件もの事故が発生していた。 それから幾度かの引越しを繰返し、今は大阪の街に住むことになったが、あの道路は今でも放置されたままに違いない。

2004 / 05 / 08 (土) ¦ 固定リンク

他人の不幸は・・・2 他人の不幸は・・・2

  先週から続きの 『他人の不幸は蜜の味』 である。 あまりにも悲惨な事件や事故であれば ”蜜の味” などと言ってはいられないが、ちょっとしたトラブルは見ていて滑稽でもあるし、野次馬根性がムクムクと頭をもたげ、フラフラと見に行ってしまったりする。 ラジオの交通情報を聞いていても、事故による渋滞や、その事故を見て通る車による ”わき見渋滞” などと伝えられることが多いので、人間はよほど他人の不幸が面白いのだろう。

  千里丘駅の周辺でも、たまに放置自転車の強制撤去作業をしていることがあるが、(今、ここで持ち主が現れたら・・・) などと想像すると可笑しくてたまらない。 遠くから駆け寄る持ち主、最後の自転車を搭載して走り去る車、その車に追いすがる持ち主、車が遠ざかりその場に立ち尽くす持ち主、そういう場面が見られるのではないかと、不謹慎にもワクワクし、顔もにやけてしまう。

  駐車違反の車がレッカー移動されている時も同様の場面を想像して、持ち主が現れないかと期待してしまう。 車の場合は持ち主が現れて、あるべき所に車がないことに愕然とする姿を見るのも楽しみなので、レッカー移動された後も少しの間はその場で持ち主の登場を待ってみたりする。 しかし、そういう場面にはなかなか出会えず、いまだにタイミングの良い喜劇(悲劇?)を見たことはない。

  今は家が建ち並び、見ることができなくなってしまったが、小学生の頃の実家では、ベランダの窓からスピード違反の取締りをしているところを見ることができた。 遠くの丘から下る直線の道路を見ていて、「あ〜あの車はスピードが出ているな〜」 という車が近づいてくるとワクワクしてしまう。 警察の測定器は、その下り坂に仕掛けられているのである。

  何も知らずに近づいてくる車、無線で交信しながら止めるべき車を確認し合う警察、建物の陰から姿を現す警官、慌てふためいて急激にスピードを落とす車、しかし、今さらスピード・ダウンしたところで後の祭りである。 警官に誘導されて空き地に車を止め、違反の切符を切られることになる。

  ヒマなときなど、父親と二人でその光景を眺め、「あの車はスピードがでているから捕まる」 と話したり、捕まった所を見て 「やーい」 とか言って喜んだりしていたものである。 母親は 「そんな他人の不幸を喜んで・・・」 と渋い顔をしていたが、もの凄いスピードで走ってきた車が止められるのを見て一緒に 「わっはっは」 と笑っていた。 他人から見れば、とっても嫌な親子である。

  ある日、家族で父親方の祖父母の家まで行った帰り道、同型の車が我家の車を抜き去っていった。 元 ”族” だった父親の血が騒ぎ、その車と抜きつ抜かれつのデッドヒートとなった。 相手の車が我家の車を抜き、前を走っていたその時、爆走する二台の前に突如として警官が立ちはだかった。 我家としては、当然のことながら前を走っていた車が捕まるものだと思い、車の中で歓声をあげていた。

  ところが前の車は警官に 「行ってよし」 と言われ、捕まったのは我家の方だった。 歓喜の顔が一瞬にして凍りつき、ガックリと肩を落として違反切符を切られる羽目になってしまったのだが、そんな時、横を通り過ぎる車の中の人たちは、全員がこちらを見て笑っていた。

  ・・・ そのときは、やはり 『他人の不幸は蜜の味』 であると思い知らされ、確信できた瞬間だったりしたのであった。

2004 / 05 / 01 (土) ¦ 固定リンク

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