記憶 Memory-19

過去の記憶

今はなくなってしまったが、子どものころ家の近所にあった会社は土木関連事業から自動車の整備まで行う複合企業だった。

うず高く積まれた古タイヤ、廃車置場にもなっている敷地内は、子どもにとって恰好の遊び場である。

言うまでもなく外を飛び回って遊んでいた自分も例外ではない。

何十本も綺麗に重ね、高く積まれたタイヤをよじ登り、頂上からタイヤの穴を下りて遊んだりしたものだ。

下まで行っても単に地面があるだけなので何が楽しかったのか今となっては理解できないが、とにかく意味もなくタイヤの穴の中を出たり入ったりしていたのである。

廃車となったトラックや自家用車に乗り込んで運転する真似をしてみたり、ボンネットや屋根に上って飛び跳ねたりもした。

自動車の部品を並べている鉄骨製の大きな棚に登って遊んだり、トラックの荷台で遊んだりと、そこに行けば退屈することなく暗くなるまで遊べたのでる。

そして、冬になれば雪が積もって足元が柔らかいので大型トラックの荷台から前方宙返りやバク宙で飛び降りたりしていたが、今から思えば廃車を扱う会社の敷地内なので、地面に何が落ちているか分かったものではなく、もし鉄骨が縦になったまま雪に埋もれていたら、四角くて分厚い鉄板の角が上を向いて雪の中にあったら、大怪我どころか死に至っていたかもしれないと背筋のあたりがゾワゾワしないでもない。

しかし、無鉄砲で怖いもの知らずの子どもは余計な心配などせず、2メートルも 3メートルもある大きな車の上からニコニコしながら飛び降りていた。

極寒、豪雪地帯ならではのことだが、屋根に厚く積もった雪が凍り、そのままゆっくりと降りている最中にまた雪が積もるということを繰り返し、それが屋根から地面まで繋がって、まるでサーフィンで波の中をくぐれるチューブと似たような状態になることがあるのだが、北国で暮らしたことのない人、極寒&豪雪地帯で暮らしたことのない人に文字で書いて説明しても伝わららないだろう。

なのでイメージに近い写真を貼っておく。
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これは奥行きが 4-5メートル程度だと思われるが自動車整備工場も事務所もある大きな建物だったので、これの4-5倍、つまり 20メートルも 30メートルも続く雪のチューブは子供心に迫るものがあり、否応無しに冒険心に火がついてしまうというものだ。

真っ暗で先の見えない雪のチューブの中を進み、途中で遊んだりしながら反対側から外に出る。

これも、無鉄砲で命知らずの子どもだからこそできる芸当であり、大人となった今では崩れ落ちるのが心配で中に入ることなどできないだろう。

冬は割れる心配もせずに凍る川の上で遊んだり、夏は流される心配もせずに川で泳いだりもしていたが、今から考えると恐ろしいことこの上なく、よく死なずに済んだと思うことばかりである。

話しは廃車置場に戻るが、ある夏の日、一台のブルドーザーが敷地の中心に置かれており、働く車に目がない子どもが何人も集まって運転席に座ったりボンネットによじ登ったりして遊び、運転席の横にあるレバーをガチャガチャ動かしたりもしていた。

レバーの横にあるスイッチを押したりダイヤルを回したりしていると、何かの拍子にブルドーザーが
「ブロロン」
と音を立てた。

それに強い興味を持ったので自動車で言うならアクセルに相当すると思われる足元のペダルを踏み込みながらまた同じような操作をすると、何とエンジンがかかってしまったのである。

それに慌てふためき逃げ出す仲間もいたが、自分は何とかエンジンを止めようと必死になっていた。

回したダイヤルのようなものを反対に回せば止まるのではないかと思ったが、何をどうやっても唸り声のような音を立てたままエンジンは止まってくれない。

そのまま放置してその場から逃げることも考えないではなかったが、純朴な心を持った少年は何とかして解決しようと無い知恵を絞り、仲間の父親がその会社に勤めていることを思い出した。

その仲間を連れて会社の事務所に行き、その父親に事情を話してブルドーザーのエンジンを止めてくれるように頼んだが、父親はニヤニヤと笑いながら工場部門にいるササキという人にお願いしろと言う。

実はこのササキという人、子どもたちから恐れられている人で、それまでにも何度となく叱られて身の縮む思いをしていたのである。

それを知っていて仲間の父親はニヤニヤしていたのだろうが、顔を思い出しただけでも泣きそうになってしまう。

仕方なくガクガクと震える足をひきずりながら工場に行き、そのササキさんに事情を話した。

ただでさえ恐いササキさんの顔がみるみる大魔神のようになり、真っ赤になって頭から湯気が出そうな勢いだ。

と、その時、ササキさんが近くにあった大きな大きなスパナを手に取り、
「このクソガキどもがぁ!」
とブンブン振り回しながら鬼のような形相で追いかけてくるではないか。

大人になった今となっては、二度と子どもたちが危険なことをしないようにという配慮から、ここはこっぴどく叱るべきだと判断しての行為だと理解できるが、その時は本当に殺されると思い、もつれる足を必死で動かして逃げ惑った。

仲間と遠くまで走って逃げ切った後は放心状態となってボーっとしまま動けない。

泣きじゃくっている仲間に申し訳ないという気も沸々と湧いてくる。

そう、何を隠そう、ブルドーザーのエンジンをかけた張本人は自分だったりするのであった。