ショウコトレイコノコト 2

とうとうこの日が来てしまった。

我が母ショウコがついにギブアップしてしまったのである。

まだまだ元気で見かけも気も若いと書いたのは昨年 9月のこと。

まさかたった一年で、ここまで悪化するとは思わなかった。

受けた白内障の手術は成功し、視力も問題なく回復したのだが、圧迫骨折が原因で右足に痛みが走り、まともに歩行できなくなったと連絡を受けたのは今年の2月のことだった。

しかし、その時もまだまだ気力十分で、歩けないのは一時的なものだと本人も息子である自分も思っていたが、4月になっても 6月になっても 9月になっても足の痛みは良くならず、ただでさえ弱っているところだというのに今月の 1日、今度は血便が出たので病院に行くと大腸炎と診断され、そのまま緊急入院となってしまったという。

本来であれば駆け付けなければならないところだろうが、その日から数日は北海道を爆弾低気圧が通過しており、各交通機関が運転を中止しているところだったので身動きがとれない。

そして予定通りに10日後の退院となったのだが、その時は北海道を台風が通過中で帰省は難しかった。

そこで、7月に大喧嘩をして3カ月間ほど冷戦状態とはなってはいるが、これを機に少しは雪解けになるかもしれないと叔母のレイコに退院手続きやら何やらを頼んだ。

ショウコは10日間の入院生活で朝から晩までの点滴でベットに寝てばかりいたので、ただでさえ筋力が弱っていたのに輪をかけて弱まってしまい、部屋の中を移動するのにも時間がかかるようになってしまったという。

そんなショウコの状態を見たレイコは、これ以上の一人暮らしは無理だろうと心配して電話をかけてきたが、当の本人がまだ生まれ育った街を離れる気になっていないので引き取るのは難しいということを伝えた。

そして、その時が来たらレイコも一緒に来るようにと再度の申し出をしてみたが、相変わらず世話にはならないの一点張りだ。

そんな会話をして間もない一週間後、レイコからの電話。

ショウコのところに町内会費を集金に行った人が、歩行もままならない姿を見て
「そんなことで生活していけるはずがない」
「素直に息子さんの世話になったほうが良い」
とショウコに言ったらしい。

身内がどれだけ言っても聞く耳を持たなかったショウコも、他人の客観的な目にも自分は一人暮らしが無理な状態に映るのだと悟ったらしく、張り詰めていた緊張感、張っていた意地が一気に崩れ、大きな不安に襲われるようになったらしく、もうこれ以上は一人で暮らせないと言い出したという。

翌日になって電話してみると、すっかり弱気になっており、もうこの冬を越す自信がないなどと言い出す。

いちいち言うことが極端なのである。

先月までは治る気満々で足が痛くなくなったらあれをするとかこれをするとか言っており、一緒の街で暮らそうと提案しても嫌だと言い張っていたのに、今になって急に弱音を吐かれても困ってしまう。

それでもショウコには相変わらずドライな面があり、
「一緒に暮らせないのは分かっているからそっちで施設を探してほしい」
と淡々とした声で言ってのける。

以前から一つ屋根の下で暮らすのは難しいとは伝えてあったのは確かだ。

ショウコは夜の7時になればウトウトし始め、8時には就寝してしまう。

7時といえば仕事がやっと終わる頃であり、8時は我が家にとって晩御飯の時間である。

早寝したショウコは夜中の2時3時に目を覚まし、そのままラジオ放送など聞きながら夜が明けるのを待つという生活だが、やっと深い眠りについた時間にゴソゴソされ、ラジオの音まで聞こえてこようものなら目を覚ましてしまい、安眠できない日が続くのは火を見るより明らかだ。

相手のあることなので、仕事を早い時間に終わらせて生活サイクルをショウコに合わせることは不可能だし、ショウコを深夜まで寝かせないのもいかがなものかと思う。

つまりは一緒には暮らせないという結論なのだが、素直にそれに従って施設に入るというのだからこちらとしては助かる。

そして、過去の雑感にも書いたとおり物に執着せず、あっさりと物を捨てて過去と決別してしまうのが自分とショウコの共通点であり、そうと決まったら行動が早いのも共通点だ。

電話でレイコも心配していたが、こちらの受け入れ体制が整わないうちから勝手に家や家財道具の処分とか行政への事務手続きなど済ませてしまいそうな気配だったので、こっちの準備が整って “良し” と号令するまで一切動いてはならないと釘を差しておいた。

そんなこんなで冒頭に書いたように我が母ショウコはついにギブアップ、とうとうこの日が来てしまった。

そして、以前からの懸案事項であったレイコのことである。

今回の話しが持ち上がった時点で再度レイコに一緒の街で暮らそうと言ってみた。

答えは相変わらず世話にはならないの一点張り。

子供の頃は札幌に住んでいて土地勘もあるので引っ越して一人で暮らすと言う。

レイコの子ども時代など半世紀以上も前のことであり、その間に札幌は様変わりしてるので土地勘も何もあったものではない。

おまけに除雪をしないで済む物件を探すと言っているが、雪深い札幌の場合はアパートなりマンションなりの住人が当番制で除雪をするのは常識であり、それが必要のない物件ともなれば高額家賃に決まっている。

今は元気でいるが、ショウコのように何かのきっかけでガタガタと急激に弱ることも十分にあり得る訳で、そうなった場合に都会では施設の空きもなく不自由なまま何カ月も何年も順番待ちになる可能性が高い。

面倒を見るとは言わないが、せめて近くに住んでいれば少しは助けになるのだから素直に引っ越してくれば良いのである。

ショウコのことに関しては、もう事を進めるしかなくなった。

残る問題はレイコのことである。

あの頑固なスーパー婆さんを説得できるかどうか。

我が家にとって、それが喫緊の課題なのである。