レイコノコト 3

今まで書いてきたようにレイコには身勝手な一面もあるが、上に男きょうだいが何人もいるのに高齢の母親を一人で見守り、入退院を繰り返したり、施設にも入ったりした経済的負担も一人で背負って最後の最後まで面倒を見続け、その愚痴や不満を一切口にしなかった実に立派な叔母なのである。

超高齢となり、もう危ないからと運転免許証も返納した今でも雪が解ければ遠くまで自転車で出かけ、雪道をものともせず歩き回っているレイコだが、さすがに寄る年波には勝てず、最近は耳が聞こえづらくなってきたらしい。

ただし、今回の帰省で初めて聞いたのだが、俗に言われる耳が遠くなるという症状ではなく、ひどい耳鳴りに悩まされているとのことだ。

耳鳴りがして常に雑音が聞こえている状態なので周りの音が耳に届きにくい状態なので、補聴器をすれば良いとかそういうことではないらしい。

いくら元気だと言っても超高齢者に変わりはないのだから、ここのところすっかり婆さんらしくなってしまった我が母と共に自分が今暮らしている街に移り住むように言ってはみたが、以前の雑感に書いたように別の家系なのだから世話にはなれないと言い張り聞く耳を持たない。

母親も体が弱っているくせに、この街を離れたくないと言うので、ならば年老いた姉妹で仲良く暮らしていれば良いと放っておいたのだが、いつまで経っても母親の体は良くならないし、もし万が一、このまま寝たきりにでもなろうものなら移動すら困難になって同じ街に暮らすも何もあったものではなくなってしまう可能性も出てきたことから、やはり移住を検討すべきではないかと聞いてみたところ、知った人の居ないところで暮らすのは嫌だが話し相手になってくれる叔母が一緒なら考えないでもないとのことだ。

そこで叔母に一緒に移住してきてはと問うてみたが、以前と同様に家系が違うからと言い出すので、
「誰も面倒見てやるとは言っていない」
「一人でいるより血族が近くにいる方が少しは安心できる」
「札幌など雪が多いので除雪が大変だ」
「今どき安い家賃で住めるところなど築2-30年の安普請だから光熱費がかかる」
などなどと説得するも良い返事をしない。

そこで、今回の帰省で設けられたタカノリ夫妻との会食の席で、この話題に触れておけばタカノリの賛同も得られる可能性があると判断し、話しが人生の終わらせ方に向かったのを機に一緒の街で暮らそうと言ってるのにレイコが言うことを聞かないと告げ口してやると、レイコは頭をプルプル振って「なにも聞こえな~い」などと言い出す。

自分に都合の悪い話しになったからといって子どもみたいな態度をとるレイコの姿に自分も『お買い物日記』担当者も呆気に取られ、タカノリ夫妻もポカーンとしていた。

食事中の会話は、もの凄く平均年齢の高い一団にふさわしく病気やら健康やらという内容が圧倒的で、当然のことながらショウコの骨折についても話題になる。

しかし、その話題から派生した札幌に住む母親方の伯父のサトシの話しには驚かされた。

転んだのか階段から落ちたのか、その原因は忘れてしまったがサトシはずっと右太ももあたりに痛みがあったので、毎日毎日ずっと市販薬のメンソレータムを塗り続けていたらしい。

少しずつ良くはなっているものの、いつまで経っても痛みが治まらないので数カ月後に病院に行ってみたところ骨折していたことが判明した。

しかし、その時にはすでに骨はくっついており、もうすぐ治るところだったという。

レイコは、
「あの人は骨が折れているのをメンソレータムだけで治したのよ」
などと淡々と話すが、聞いているこちらは驚くやら可笑しいやらで笑いが止まらない。

その骨折の話しから再び派生して今度はレイコ自身のことを語りだした。

昼間が妙に暖かかった冬の夜、外出先から帰宅するレイコが夜の寒さで凍りついた路面を慎重に歩いていたところ、後ろから車のエンジン音が近づいてきたので邪魔にならぬよう道のできるだけ端を歩こうとした瞬間、鏡のようになった氷に足を取られて体が宙に浮き、ヒザから路面に落ちたと思ったら道路の反対側まで一気に滑っていってしまったらしい。

あまりの痛さに身動きできず、そのままの姿勢で耐えていると打ち付けた足の感覚が薄れてシビレを感じるようになってきたという。

前に書いたようにレントゲン技師として定年まで病院に勤めていたレイコは様々な経験から類推し、これは骨が折れたに違いないと判断した。

動こうにも痛くて動けず、凍てつく寒さの中を道路に倒れたままのレイコ。

田舎の夜道は人通りもなく、待てど暮らせど車すら通らない。

このままでは凍死してしまうと焦るレイコ。

何とか家まで帰るか、近くの電話ボックス(当時)まで辿り着ければ救急車を呼ぶことができると両手で上半身を起こし、恐る恐る足を動かしてみたところ何の問題もなく動く。

骨折していたら動かせるはずがない思いつつ立ってみたところ立てる。

もしやと思い、歩いてみたところ歩ける。

なまじっか知識があるため勝手に骨折だと思い込んでしまったが、実は単なる打撲で骨には1ミクロンのヒビも入っていなかったらしい。

その、あまりにも馬鹿馬鹿しい話しを大笑いしながら聞いてはいたが、冷静に考えれば危険と隣り合わせの喜劇でもある。

話しの中の背後から近づいてきたという車がどうなってしまったのか分からなかったが、もし転倒したことで轢かれていたら・・・。

骨折でなくて良かったが、もし骨折していて動くことすらできず、そのまま人が通らず何時間も経過してしまったら・・・。

やはり年老いた叔母を一人にさせるのは心配だ。

ここは長い時間をかけてでも説得し、母親と一緒に移住させなければと決意を新たにしている今日このごろである。