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適材適所適材適所

ある会社で疎ましがれていた男性社員が退職することになった。

彼は社内で浮いた存在で、周囲からの風当たりもきつい。

悪い人ではないのだが、どうにも要領が悪く、言われたことすら完全にはこなすことができないという、典型的なダメ社員であったのは事実だ。

社会人たるもの言われなくても自分で仕事を見つけたり、何かを指示されたら自分なりに工夫をして要求以上の成果を上げるなり結果を残すよう努めなければならず、時には先回りして準備を整えたりするものである。

ところが彼はまったく気が回らず、言われたこともできないのだから風当たりがきつくなるのも浮いた存在になるのも当然で、しだいに疎ましがられるようになって最後には誰からも相手にされなくなるのも仕方ないだろう。

第一印象は物腰も柔らかく、決して悪い人ではないので仕事ができない人だとは思わなかったし、Web管理法を説明した時の飲み込みも悪くなく、何度も同じ説明を繰り返さなければならないとか、物覚えが悪くて何度も問い合わせを受けたということもない。

最初にざっと説明し、取り扱い説明のWebページを用意したので分からないことがあればそちらを見るなり、電話や E-mailで問い合わせてほしいと伝えたが、それほど簡単ではない作業も問題なくこなして面倒な質問を受けたこともないのである。

とろこが何度も会社を訪問し、ネットワークの構築やパソコンの入れ替えなどで長い時間の作業をしていると、女性社員から小言を言われたり、きつく叱られる場面をよく見るようになった。

最初の頃は、自分のように社外の人間がいるところでは揉め事を見せないようにすべきであろうと、女性社員のほうに良い印象を持っていなかったのだが、何度もそんな場面に立ち会い、その内容を耳にしていると男性社員側に多くの問題があり、それがあまりにも頻繁であるため、その度毎に注意しなければ仕事がはかどらないほどの影響が出ているのだと悟った。

どうやら口で言っただけでは分からないらしく、彼の机に敷かれている透明デスクマットの下には、様々な注意書きが入れられており、その内容は
「何度注意しても分からないようなので書いておきます」
とか、
「何度もお願いしていますが、客先から帰ったら・・・」
などという書き出しで、その数も尋常ではない。

女子社員も最初は自分に遠慮、配慮していたのだろうが、日を追うごとに遠慮などしていられないと思ったのか、男性社員に注意する声が大きくなって口調もどんどんきつくなってきた。

女子社員からどんなにきつく言われても、男性社員は黙って聞いていて最後には
「すみません」
とか
「今後は気をつけます」
などと平謝りに謝っている。

自分なりの意見があって言い返すわけでもなく、ふて腐れるでもなく、逆に明るく
「すみませ~ん」
と言ってデヘヘと笑うわけでもなく、じっと耐えて聞いている感じだ。

あまり言いすぎると彼が逆上して社内が血の海になるような事件に発展しないかと心配になるほど叱られ続け、それでも仕事ができるようにならず、いつまでも同じ失敗をくり返していた彼がついに会社を去ることとなった。

ギクシャクした職場で周りから相手にされず、日に何度も叱られる環境に耐えられず辞職を願い出たのか詳しい事情は聞いていないが、仮にそうだとしても経営陣を含めて誰も引き止めることのない事実上の解雇に近い退職だと思われる。

前述したように自分は彼を迷惑とも面倒とも思っておらず、こと Web系の仕事に関しては問題なく処理してくれていたので辞められることに少なからず戸惑いを感じていた。

後任が誰になるか分からないし、パソコンのスキルがどんなものか、Web、ネットに関する知識がどの程度なのかも分からないので、今までの彼のように手放しで更新作業やデータ入力ができるのかという不安が胸をよぎる。

一昨日の木曜日、新しく入った社員に 更新の重要性、Webで稼働している簡易データベースの使い方やその他のシステムの操作法などを説明しに行ってきたが、新任は若い男の子で実にハキハキした好青年だ。

彼は外見もシュッとしており、女性社員たちもアイドルの出現が嬉しいらしく、いままでドヨ~ンと暗かった事務所もパッと明るくなって今までは聞かれなかった笑い声も響くようになった。

そして、その彼は若いだけに頭も柔らかくて物覚えも早く、こちらの説明に対して的確な質問も積極的にしてくるので後任としても実に頼もしい。

しかし、説明が順調に進み、後任の彼が事前に質問すべき点をまとめておくことができたのには大きな理由がある。

会社を去る前任が、後任のために残したシステムの取り扱い説明書は見事な出来栄えであり、そこには何十ページもの資料が用意され、その内容は実に分かりやすく、それさえ読めば自分が説明する必要がないくらい丁寧に解説されており、説明書、手引書として一級品だ。

彼に適した仕事というのは確実にある。

たまたま会社にとって彼は適材ではなく、彼にとってもその会社が適所ではなかった。

人と接したり事務処理をしたりする仕事は合わなく、パソコンに向かってデータを入力したり処理したり、文章や図によって物事を伝えたりする能力は決して人より劣ることはなく、むしろ優っているのではないかと思われる。

ただし、その会社にそういうことを専門とする部署はないし、そのような人材が求められている訳ではないので今回の退職も仕方ない。

やはり適材適所というものがあり、適した人材を適した場所で使いたいのが会社であり、適した人材ではなく適した場所もないのであれば、これこそ正に雇用のミスマッチの典型だったに違いなく、彼が職場を去るのは互いのためだろう。

しかし、彼のような人材を求めている会社は必ずある。

今は辛いかもしれないが、彼の将来に幸多からん事を願ってやまない。

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