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バスの車窓からバスの車窓から

昨日は仕事の用事で外出してきたのだが、久々に、本当に久々に大阪市内を循環するバスに乗った。 毎年恒例にしている京都参りでは、駅からバスに乗って目的地まで向うのだが、大阪で乗ったのは実に 15年ぶりくらいのことだと思われる。

目的地が吹田だったので、近畿コカコーラの近くにあるバス停まで歩き、雨が降り続ける中でしばし待つ。 少し遅れて到着したバスに乗り込もうと足を踏み出すと、その乗り口がとても低く、昔のように足を高く上げて 「どっこいしょ」 とする必要がない。 きっと、お年寄りとか子供でも楽に乗れるように配慮されているのだろう。

車内は人もまばらだったので空いている席に腰をおろす。 前方にある料金表をみたり、乗り込む際にとった整理券をみたり、車内広告を見てみたりと何だか落ち着かない。 あまりにも久々のバスなので少し緊張してしまっているようだ。 しばし車内を観察して人心地がつくと、後ろの席に陣取るオバチャンの会話が耳に入ってきた。

どうやら家ではパソコンを使って子供さんとメールのやり取りをしているようで、「いちいちパソコンを立ち上げるのが面倒だ」 などと言っている。 そして、となりのオバチャンも同様にパソコンを使うらしく、話しはシャットダウン(パソコンの終了)の仕方に移っていく。

スタートボタンをクリックして終了させるところで意見は一致したようだが、そのスタートボタンの場所を一人のオバチャンが 「画面の左下」 だと言い、もう一人のオバチャンは 「いや、左上」 だと食い違う。 スタートボタンのあるツールバーは、画面の下だろうと上だろうと、はたまた左右だろうと、好きな場所に移動できることを知らないらしい。

さんざん話し合った後に、パソコンメーカーの話題になり、「うちは富士通」、「うちはソニー」 と違いを見いだし、「だからスタートボタンの場所が違う」 という結論を導き出していた。 心の中で、「違うんだよ~」 と叫び、「パソコンは違っても OS は一緒なんだよ~」 と続けてみたが、そんな心の声がオバチャン達に届くはずもなく、二人は 「そうかも知れない」 と深く納得しあっていた。

バスは次の停留所に到着していた。 乗り込んでくる人が一人しかいないのに車体がグラグラと揺れる。 「なんと柔らかいサスペンションか」 と思いながら揺れに身を任せていると、何だか少し気持が悪くなってしまった。

バスが走りだし、再びオバチャンの会話が耳にはいると、今度は携帯電話の話しに変わっていた。 どうやら携帯電話でもメールのやり取りをしているようだ。 最近のオバチャンはハイテク機器も使いこなし、なかなか順応性が高いようだと感心していると、子供からのメールが受信できないという内容に話しは移り、「たくさんの機能があっても使いこなせない」 と小言を言い始めた。

隣のオバチャンも賛同し、携帯キャリアの話に進む。 オバチャン二人は au で、「一緒だ」 と喜び合い、受信できないメールを送信してくる子供のキャリアを聞かれたオバチャンが DoCoMo だと答えたところで、「会社が違うから受信できないのでは」 という、あらぬ方向に会話が進む。 同じキャリアの端末同士でしか送受信できない方式も確かに存在するが、E-mail は全キャリア共通である。

「違うんだよ~」 という心の叫びは、またしてもオバチャン二人に届かず、「そうかも知れない」 という一言で、省電力化と高性能という相反する課題を克服し、小型化まで実現した高度技術の結晶である端末と、同じく高度な技術で次々と高速通信を可能にしている移動体通信網を根底から否定するがごとくの結論が、今まさに導き出されようとしている。

本当に必要な部分が欠落し、別の要素が増幅された彼女達の情報がオバチャンの間で瞬く間に伝播し、その内容は見事なほどに欠落と増幅を繰り返すこととなり、根本的な精度を失いつつも、ある程度の信頼性をもって受け入れられ、最終的には原型をとどめず、「ソフトバングの携帯電話が良い」 などという訳の分からないことになっているかもしれない。

そうこうしている間にバスは次の停留所へ。 ドアが開くのと同時に再び車体が揺れる。 そこで冷静になって周りを見てみて驚いた。 なんとバス自体が意思を持って傾いているではないか。 車体の右側が高くなり、左側が低くなって外の風景が斜めに見える。 つまり、乗り口を低くして乗客を迎え入れている訳である。 どうりで乗車するときに、足を高く上げなくても良いくらい低い位置に乗り口があったはずだ。

人が乗り込み、ドアが閉まると 「ウイ~ン」 というかすかな音をたててバスの姿勢がもとに戻る。 何だか巨大ロボットに乗っているみたいで少しワクワクする。 知らぬ間にバスもハイテク化し、人が気付かぬ気配りをしてくれているらしい。

バスが走り出してオバチャン達の声に耳を傾けると、話しは 「整理券をとるのを忘れていた」 という内容に移っていた。 「始発からの料金を払わなければならないだろうか」 と一方のオバチャンは気をもんでいたが、もう一人のオバチャンの 「何とかなる」 という一言に勇気付けられ、「そうかも知れない」 という例の一言ですべての結論が出たようだ。

バスの車窓から、雨が降って悲しく濡れた街並みをながめながら、つくづく思った。 こうして彼女達の一日は過ぎていくのだろう。

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