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デジタル化の波 ~目次~

以前は一方的に提供される情報を手に入れる手段として使われていたインターネットも、最近では子供から大人まで様々な情報を発信し、その情報を共有し、それを評価することも可能だ。

発売された商品が良いものなのか買う必要のないものなのか、その使い勝手、食べ物であれば美味しさや好き嫌いまで主観的意見を発表できるし、購入検討の際にはその評価を参考にすることができる。

飲食店もネットによってあっという間に評判が伝わるので一気に行列のできる人気店にもなれるし、接客態度が悪かったり味がイマイチだったりすると一気に閑古鳥が鳴く状態に陥ってしまう危険性を伴う。

スマホやパソコンを持つ人が店に行く前、何かを買う前にネットで下調べする割合は 70%以上に達しているので商品を作る側、サービスを提供する側も大変だ。

情報をコントロールして良い評価を得ようとする場合、やり方を間違えると逆に猛反発をくらい、それが致命傷となって商品がまったく売れなかったり店であれば閉店に追い込まれるケースも少なくない。

つまりは消費者にとって便利、お値ごろ、美味しいものを作り、店であれば客が満足するサービスを納得いく価格で提供するという王道といえる基本的なことを順守すれば良いということになり、そんなことは当たり前ではないかという気がしないでもないが、最近は些細な事でヒステリックに騒いだり過剰反応するアホも多いので生産者、出店者も神経がすり減る思いをしていることだろう。

店員の接客態度が気に入らないからと言って店長や経営者に土下座させたり、必要以上に罵倒したりするところを動画や写真撮影してネットで公開する大馬鹿者までいる世の中では、お客様は神様ではなくお客さまはモンスターだと思えてしまうに違いない。

近年になって多発している大雨や竜巻による被害も、多くの人が高性能な携帯電話やスマートフォンを持ち歩くようになり、その状況を簡単に撮影してネットで公開できるようになったため、ものすごい臨場感で現場の様子が伝わってくる。

昔の人が怯えたように本当に龍のように見える竜巻が地上のものを破壊し、飲み込みながら目前に迫ってくる映像など偶然にその場に居合せた人しか見られない光景であり、それを多くの人と共有できることなど以前までは不可能だった。

数年前、巨大な隕石がロシアに落下したときも、まばゆい光を放ち、尾を引きながら上空を通過し、その直後に建物が激しく揺れて窓ガラスが飛散するほどの衝撃波に襲われるシーンも、それが前触れなく起こることである以上はカメラマンによる報道写真やニュース映像として記録することは困難だ。

しかし、今は簡単に動画が撮れるのでそれが世界中に配信される。

東日本大震災の津波、つい最近の御嶽山の噴火なども、少し前なら見ることができなかった映像だし、最近になって急速に普及し始めているドライブレコーダーによる事故映像も同様である。

デジタル技術の進歩で撮影機器が高性能化、小型化され、記録媒体も大容量化が進んだことで、以前までであれば大きなレンズの大きなカメラで大きなカセットテープを駆動させる大型の電池を必要としたものが手のひらに乗ってしまうほどになった。

そして、現像も必要なくデジタルデータを簡単にアップロードして全世界に発信できるようになった今、これからも世の中で起こる様々な場面が切り取られて世界中の人に見られるのだろう。

昔、友達や彼氏、彼女との連絡手段は手紙か電話しかなかったので、それはそれは極秘に事を進めるのに苦労を重ねたものであるが、今はパソコンやスマホがあるので親に知られることなく連絡が可能だ。

好きな時間に好きな場所で、いつでもどこでも連絡可能になったことで、待ち合わせ時間や待ち合わせ場所の確認も容易だし道に迷うこともない。

昔であれば待ち合わせ場所に待ち人が来ない場合、ただひたすら待ち続けるか腹を立ててその場を去るしか方法がなかった。

待つ場合でも、その場を離れたときに相手が来たらこまるので公衆電話まで行って連絡することも難しく、近くに電話があった場合でも相手がすでに家を出たあとでは連絡のしようがない。

約束を忘れたのだろうか、寝坊したのだろうか、もう家を出ただろうか、電車が遅れているのだろうか、そもそも約束は今日だったのだろうかなど、様々な思いが頭の中で渦巻き、不安にかられながらもただ待ち続けるしかなかったのである。

今は電波の届く場所にさえいれば簡単に連絡できるので相手の現状が分かるし、あとどれくらい待てば良いのかも分かるので、じっと待っている必要はなく、スマホにはヒマを潰せるアプリが山ほどあるので待つこともさして苦にならないだろう。

とても便利になった反面、ネットいじめのような過去にはなかった問題も多いのは副作用として致し方のないことなのか。

少し前はメール、今はLINEなどですぐに返信しなければならないという強迫観念。

少しでも仲間の機嫌を損ねたら完全に無視されてしまう怖さ。

以前は友達づくりが苦手な人、コミュニケーション能力の低い人でもネットの世界に逃げこむことができたが、今はその世界でさえ疎外されてしまう時代になった。

いったいいつからこんなことになってしまったのだろう。

こんなことで、今の子供達はまともに人間形成されるだろうか。

こんなことが続いた 10年後、50年、100年後の日本は、世界はどんな人間関係でどんな社会が築かれているのだろう。

将来も不安ではあるが、誰かを傷つけないように、誰かに傷つけられないように、嫌われないように、周りから無視されないように、神経質なまでに気を遣って生きなければいけない現代の子供の心を思うと、あまりにも切なくて胸が痛くなってしまう。

デジタル化の波

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