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過去の記憶

生まれたときは社宅暮らしだった。

その社宅というのは名ばかりの長屋に住んでいたというのに夜中になれば少しの物音で目を覚まして泣き叫んだり、体が弱く病気がちで具合が悪いものだからビービー泣くという、まことに手のかかる子どもを持った両親は、壁が薄く隣近所に迷惑をかけているのではないかと気を揉む毎日だったという。

そこで、共稼ぎと言えども安月給だった若夫婦は一念発起し、壁越しの隣人に気を使わなくて良い一軒家を建てることにしたのであった。

それは自分が二歳を過ぎた日のことで、それがどれほど迷惑をかけた結果であるか、それがどれほどの決断であるかも知らず、アホ丸出しで 「わーい」 と単純に喜んで走り回っていたらしい。

当時は今のような工法が開発されておらず、昔ながらの大工さんが昔ながらの方法で基礎から地道に固め、ゆっくりとしたペースで建設されていった。

今でこそ一カ月や一年などあっという間に過ぎ去ってしまうが、ニ歳児の感覚では一日すら長く、一時間もあれば様々な遊びができたくらいなので、着工から完成までひどく長い時間が経過したように記憶している。

時間経過がゆっくりと感じられる子どもにとって式典などというのは退屈の極みであり、いつまでも延々と続く空間で大人しくしていろということ自体が無理な相談というものだ。

棟上げまで工事が終了した際にとり行われる上棟式も子どもにとっては過酷な我慢大会のようなものであり、つまらない大人の話しを聞いてなどいられない。

人の多さに圧倒されて静かにしているのも 10分くらいなもので、それを過ぎると周りをキョロキョロ見渡したり、大工道具に興味を持ってチョロチョロと動きまわったりし始める。

神妙な顔をした母親が目だけ鬼のように釣り上げてこちらを見ていたが、大勢の前で叱られることもあるまいという子どもなりの打算も働き、目を合わさないようにしながらコソコソと一人遊びをしていた。

それにしても長く、一人で遊ぶことにも飽き、そろそろ我慢も限界に達しようとしていた時、その場にいた全員が起立して何かが始まったようだ。

さすがに自分のいるべきところに戻ったほうが良いのではないかと思い、両親の姿を探したが背の高い大人が全員立ち上がって狭い空間に密集していると顔を確認することができない。

人をかき分けて進み、必死になって探していると見覚えのあるスカートと大きな尻が目に入った。

無事に母親の元へとたどりつけた安心感と、勝手に遊んでいたくせに放っておかれたというねじ曲がった怒りが心の中で交錯し、ムカムカと腹がたってきた。

そして、ここで思いっきりパーン!と尻を平手打ちすれば、さぞかし母親は驚くだろうし、それを見たまわりの大人たちの笑いが取れるのではないかという考えが頭をもたげ、その衝動を抑えることができなくなってくる。

心の葛藤は何秒間くらい続いただろう、ついに悪魔のささやきが心を支配し、ジリジリと目の前の尻に近づいて狙いを定め、ありったけの力で尻をひっぱたいた。

空間に響き渡るパーーン!という音と聞いたことのない女の人の悲鳴・・・。

なぜそう思ったのか今となっては分からないが、その尻のでかさとスカートの色だけでそれが母親であると確信し、疑問を挟む余地など全くと言っていいほど生じなかったのだが、その尻の持ち主は明らかに別人だったのである。

その後、上棟式は大混乱におちいり、母親からこっぴどく叱られることになってしまったのは言うまでもない。

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