~ マサルノコト目次 ~
それはひどく残暑の厳しい年のことである。
その日は仕事関係の付き合いで法事に出席するため和歌山県に行っていた。
一段落して近くの居酒屋で和歌山近海物の魚を食べながら酒を呑み、少し気分を良くしながらのホテルへの帰り路、同行していた 『お買い物日記』 担当者が携帯電話で自宅の電話の留守録を確認する。
少し怪訝な顔をしながら
「マサルさんからのメッセージなんだけど」
と言い、電話機を渡された。
聞こえてきたのは、いつものおどけた調子と異なり真剣で、どこか暗く沈み、少し震えるように
「何時になっても構わないから連絡して欲しい」
というマサルの声だ。
マサルの身に何か起きたのか、マサルの妹、両親に何かがあったのか、とにかくホテルに帰る時間も惜しみ、その場でマサルに電話した。
何度目かのコールで電話に出たマサルの声はやはり暗い。
「どうしたっ?」
「・・・」
「何があったっ!?」
「・・・それがよぉ」
「・・・」
「・・・」
「・・・何だよっ!どうしたんだよ!」
とても話しづらそうにしているマサルの口から出た言葉を、最初は正確に、いや、まともに理解することができなかった。
「・・・ノブアキが死んだ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・なに言ってるだよ。」
「ノブアキが・・・」
「・・・何の冗談だ?」
「冗談でこんなことが言えるかっ!!」
昭和ドラマでありがちなセリフだと、妙に醒めた脳の一部で思いながらも、こういう状況になったときは本当にこんなセリフしか口からでないものだと、もう一部だけ機能している脳が納得する。
それ以外の部分の脳は完全に機能を停止し、何も考えることができないし、次に何を言っていいのかすら分からない。
『お買い物日記』 担当者に腕をつかまれ、
「ど、どうしたの!?」
と声をかけられて、そこが見たこともない土地の路上であること、そして、今はマサルとの通話中であることを思い出した。
ゆっくりと、そしてやっと再起動した思考でやっと口から出たのは
「ど、どうして?何が原因で死んだんだ?」
という気の利かない有りふれたセリフ。
「心不全としか聞いてないからよく分からん」
という怒ったようなあきらめたようなマサルの答え。
それから何を話し、なんと言って電話を切ったのか記憶がない。
『お買い物日記』 担当者に支えられながらホテルに戻り、ベッドに横たわったが酒が入っているのに目が冴えて眠ることが難しかった。
実感がなく、悲しみは湧いてこない。
まだまだ死を意識するような年齢ではなく、社会的には若手と呼ばれる世代であり、人生においても仕事においても、これから先は無限の可能性を秘めた未来が開けているはずだった。
まだ結婚もしておらず、東京から仙台に転勤になったばかりのノブアキの未来も同じように開けていたはずなのに、それが閉ざされてしまったという事実。
それから何日後だったのか記憶していないが、遺骨となって故郷に帰ったノブアキを偲ぶ集まりがあったので帰省し、マサルと一緒に出席した。
「わざわざ遠くから来て頂いて・・・」
と、ノブアキの伯母上が来てくれたので、以前から知りたかったことを思い切って訪ねてみた。
「実は知らされていないのですが、ノブアキ君は何が原因で・・・」
最後まで言い切る前に伯母上の顔色が明らかに変わり、何も聞こえなかったように場を去っていってしまった。
その夜、母親から聞かされたのは信じがたいウワサ。
ノブアキの父君は町の盟主であり、一定以上の地位に就いていたので、その子供の死については多くの人が詮索し、様々な話がもれ伝わっていたという。
そして、その多くはノブアキの死因が自殺であるということ。
中学生の頃から多くの時間を共に過ごしたのでノブアキのことを少しは分かっているつもりで、とても自殺などするとは思えない。
翌日、空港まで送ってくれるというマサルの車に同乗し、
「ノブアキに関する嫌な話しを聞いたぞ」
と、その話しを切り出した。
「たぶん同じウワサを俺も聞いたよ」
とマサルが応じる。
自分はまだ中学校からの付き合いだが、マサルとノブアキは小学校時代からの友達だ。
マサルは優しく、人間ができていて器も大きいので、以前の雑感にも書いたとおり、悩みを打ち明ければ毎日でも、何時まででも話しに付き合ってくれる。
自分など頼りにならないが、死ぬほど辛いことがあったのなら、どうしてマサルにだけは話さなかったのか、悔しさと腹立たしさが込み上げてきてノブアキを攻め立てることを言ってしまいそうだったので、空港に着くまでマサルと交わす言葉は少なかった。
ノブアキの身に何が起こったのかは今も分からないし、一人で何を苦しんでいたのか今となっては知るすべもない。
あれから何度の夏が過ぎただろう。
明日、九月四日はノブアキの命日である。